大きな声では言えないけど

コロナの影響で、昨年に引き続き、学校行事の中止や縮小を余儀なくされている。

日頃の練習の成果を発揮する場であり、保護者をはじめ、普段見られない人達に披露する場でもある学校行事。

そんな機会を失われて悲観する子供たちが多いなか、我が子は残念に思うどころから平然としている。行事の中止や縮小の知らせにやったーと喜ぶことも多かった。

元々運動嫌いの我が子は、マラソン大会が中止となり、運動会が縮小されたことにもラッキーとほくそ笑む。

恥ずかしがりやで親が見られていると本来の力が発揮できない性格のため、授業参観や合唱祭などの親が見学する行事が中止になったことにも喜んでいる。

それどころか、これからもずっと無くていいのに、とつぶやく。

高学年の修学旅行が近場の日帰り旅行に変更されたと聞けば、私の時もそれでいい、面倒くさいから泊まりたくないという。

このコロナによる様々な影響は、我が子にとっては有益な結果となっているようだ。

体育好きで、一番活躍できる運動会の見せ場がなくなったと悔しがる近所の男の子や、楽しみだった修学旅行が変更なってしまったことが残念で泣いていたという知り合いママの子の話を聞くと、本当に心が痛むのだが、それに比べてうちの子ときたら。

全く気にしていない我が子をみるとそれはそれでよかったと思うのだが、とてもじゃないけど同じ学校の人達には言えない。うちの子はケロッとしている、むしろ喜んでいるなんて言えない。

しかし親の私にとってもそれは同じで、早朝からの弁当作りや場所取りの焦りもなく、さらっと終わった運動会はとても楽だったし、寒い体育館に長時間いなくてはならない合唱祭がなかったのは正直楽だった。

この先予定されていた授業参観や懇談会も全て中止となり、ラッキーと思ったのは事実。

もちろんコロナは憎いが、面倒だった学校行事がなくなってよかったと思っている子供たちや親も案外多いのかもしれない。