この時期、PTA役員に関してよくメディアでも取り上げられている。
子どもを持つ親ならば誰もが敏感になることだろう。
私は数年前にPTA役員をやった。それもPTAの中枢となる執行役員。
次年度の役員を決める選任委員から突然電話があり、執行役員をやらないかと声がかかったのだ。
なぜ私?そんな大役をやる器ではない。人前に出ることは苦手だし、人を引っ張っていくような性格でもない。それは自他ともに認めることだ。
それなのになぜ?
PTA全体を取りまとめる役割を担う執行役員は、ほかの役員とは違い、やはり適正というものがあると思っている。誰もができるものではないと思っていた。だからなぜ私なのという疑問と不信感が芽生えた。
だれかが嫌がらせで私を推薦している可能性も考えられるから。
電話をかけてきた選任委員にそのことを問うと、まあ、結局のところ、その適任者と思われる人たちには全て断られしまった、そうなると今まで役員をやっていない人に声をかけていくしかないという事態になる。
そうなのだ。私は決して適任者ではなく、仕方がなく声がかかったというからくりなのだ。
ほんの少しだけ、私は周囲からは頼りになる存在なのかしらとうぬぼれたが、そんなわけないだろうと腑に落ちた。
もちろん一度は断った。
しかし、声をかけてきた選任委員は雄弁でつわものだった。ほかのメンバーはこういう人がいて今年はいい人ばかりだからきっとやりやすいよ、今やっておいた方が絶対いいよと、やらないと損だといわんばかりの口説き文句。
かつ、なかなか決まらなくて本当に大変で…という情にからまれて、結局引き受けてしまったという経緯がある。
今思えばまんまとハメられたという感想。
役員の活動が始まり、すぐに思ったのはやっぱり私がいる場ではない、私には向いてないと感じた。とても居心地がわるかった。
まあ、選任委員のいうとおり、悪い人はいなかったというのは救いだった。
それでもなんとかこなしてようやく任期を終えた。
その時のメンバーの一人とは今でもよく連絡を取り合う仲となり、それ以外のメンバーも学校などで会えば、それなりに会話が弾む。
友人と呼べるものを得られたし、顔見知りも増えた。悪いことばかりではなかった。
そしてなによりも不慣れなことを頑張った結果、少し度胸と自信がついた。40代になって久しぶりに味わう感情と刺激だった。
そして、いつも家に引きこもっている私が否応なしに外に出るきっかけがあったのは、むしろ有難かったともいえる。
だからと言ってまたやりたいかといえばもうやりたくない。
もしこの先、声がかかったとしてももう引き受けることは絶対にないだろう。