キラキラしているママ友に抱く嫉妬とさみしさ

子供が幼稚園からの付き合いがあるママ友。小学校が離れてしまったものの、習い事が一緒のため週に一度はそこで顔を合わせる。

幼稚園時代は公園や児童館で一緒に遊んだり、お互いの家に招きあったり、親子で一緒によく遊んだ。子供が成長してからは、子供抜きでランチをしたり、飲み会をしたこともある。

子供を通じて知り合い、当初はママ友だったが、今はそれを通過して友人に慣れたような気がしていた。

このコロナ禍で、その習い事が休みとなり、しばらく顔を合わせることができなかったが、習い事が再開し、前のように週に一度は顔を合わせるようになったが、ここ最近は話す機会がめっきりない。

というのも彼女は私以外のほかのママと話していることが増えたためだ。

だからといって彼女が私を無視するとか、邪険な態度をとるとか、そういうわけではない。

その習い事に来ている人たちは彼女と同じ小学校の人が多いため、やはりそちらのコミュニティが幅を利かせている。

当然、こちらはこちらで、同じ小学校の人同士、情報交換などで自然と集まるようになる。

お互いが今置かれている居場所での人脈が優先されるようだ。

しかしそれは自然なことで当然のこと。別に各々のコミュニティが敵対しているわけでもなく、話さないわけでもなく、自然にそうなっただけのこと。

けれど、少し寂しいなと感じるのは、彼女が以前とは違い、ほかのママとの会話は饒舌で生き生きしているから。

というのも、私が彼女と知り合った時、彼女はとてもとても控えめだった。彼女は自分でも人見知りで人付き合いが苦手だと話していた。

本当にその通りで、私が見る限り、ほかのママと話している彼女はどこか危なげで、普通の会話もたどたどしく、言葉に詰まってしまう、そんな人だった。

だいぶ仲良くなったころに打ち明けてくれたのは、幼稚園に入るまではずっとママ友もいなくて、家にこもっていた。暗黒の子育て時代で精神的にもギリギリだった、と打ち明けてくれた。

そうだったのかと心を痛めた。そんな彼女が私に心を開いてくれて、尚且つ、その話を打ち明けてくれたことが少しうれしかった。

だから私は彼女をほおっておけず、もっとも彼女の人柄にも魅かれ、ともに幼稚園生活を楽しく過ごした。

そんな彼女が今は私とではない、ほかのママ友と楽しそうにしている。

学校の役員を引き受けたり、習い事の連絡事項なども率先して取り纏めてくれたりと、以前の彼女からは想像できないほど積極性を増した。

たくましく思うと同時に、寂しさも感じた。

そして私とは違い、キラキラと生き生きしているようにみえる彼女が羨ましかった。

お互い小学校が終われば習い事もやめる予定だ。そうなると自然と共有する時間もなくなり、徐々に会わなくなるのだろう。互いに仕事をしているため、今でさえスケジュール調整が難しいこともあるのだから。

まるで今の私は元彼に嫉妬する醜い女のようだ。この年になってバカみたいだ。

ママ友に固執するなんて自分らしくない。私はそんな女々しい人間ではなかったはずなのだが。

たくましく成長し、キラキラと輝かしいママ友から私は卒業しなければならないのだろう。